最高裁判所第二小法廷 昭和57年(あ)1777号 決定 1983年6月30日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人森部節夫の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、刑訴法四〇五条にいう「判例と相反する判断をした」というためには、その判例と相反する法律判断が原判決に示されているのでなければならないところ(最高裁昭和二六年(れ)第一二〇六号同二七年五月一三日第三小法廷判決・刑集六巻五号七四四頁、同昭和二八年(あ)第一九三号同三〇年二月一八日第二小法廷判決・刑集九巻二号三三二頁、同昭和三五年(あ)第三九七号同三七年一二月二五日第三小法廷判決・刑集一六巻一二号一七三一頁、同昭和三六年(あ)第二三七八号同三八年九月一二日第一小法廷判決・刑集一七巻七号六六一頁各参照)、原判決は所論の点につき法律判断を示していないから、所論は前提を欠き、その余は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
なお、記録によれば、昭和五六年一一月四日の原審第三回公判期日において本件詐欺の被害事実につき壺山宗慶の証人尋問が行われたのち、昭和五七年一月九日検察官が同人を右事実につき取り調べて供述調書を作成し、同年六月一日の第八回公判期日及び同年七月一三日の第九回公判期日において再び同人を右事実につき証人として尋問したところ、右検察官に対する供述調書の記載と異なる供述をしたため、検察官が刑訴法三二一条一項二号の書面として右調書の取調を請求し、原審はこれを採用して取り調べた事実が認められる。このように、すでに公判期日において証人として尋問された者に対し、捜査機関が、その作成をする供述調書をのちの公判期日に提出することを予定して、同一事項につき取調を行うことは、現行刑訴法の趣旨とする公判中心主義の見地から好ましいことではなく、できるだけ避けるべきではあるが、右証人が、供述調書の作成されたのち、公判準備若しくは公判期日においてあらためて尋問を受け、供述調書の内容と相反するか実質的に異なつた供述をした以上、同人が右供述調書の作成される以前に同一事項について証言をしたことがあるからといつて、右供述調書が刑訴法三二一条一項二号にいう「前の供述」の要件を欠くことになるものではないと解するのが相当である(ただし、その作成の経過にかんがみ、同号所定のいわゆる特信情況について慎重な吟味が要請されることは、いうまでもない。)。したがつて、壺山宗慶の検察官に対する供述調書は、同号にいう「前の供述」の要件を欠くものではない。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(牧圭次 木下忠良 鹽野宜慶 宮崎梧一 大橋進)
弁護人森部節夫の上告趣意
(詐欺事件関係)
第一点 原判決は、刑事訴訟法施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしているので、判例違反の違法がある。
一 原判決は審理中において、壺山宗慶の昭和五七年一月九日付検面調書を刑事訴訟法第三二一条第二号の書面として、証拠の取調をなしているが、これは以下の理由から判例に違反するものである。
すなわち、この検面調書が作成される以前に壺山は証人として公判廷に出廷しており、控訴審における第三回公判廷において同証人は、「融資金の使途は条件にはならない」「通知預金にするということは重視しなかつた」「被告人がその金を他の借金の返済に充てるという場合でもかまわない」という趣旨の証言を行なつている。
右証言は、壺山証人の第八回、第九回公判における供述内容と同一趣旨である。
仙台高判昭和二六年六月一二日特報二二号五八頁は公判廷における証言後に検察官面前調書が作成され、右調書作成後更に供述者を公判期日において尋問し、その者が検面調書と実質的に異なつた供述をした事案において、次の通り判示し、右検面調書の証拠能力を否定している。
すなわち、
「……右供述調書の供述はすべて、右二回の公判期日における供述よりも後になされたもので、換言すれば右供述調書記載の供述は右各公判期日における供述よりも前のものではない。而してかくのごとき供述調書は刑訴三二一条一項二号の規定によつては証拠能力を獲得し得ないものと解するのを相当とする。原審検察官および原審としては、証人Aが昭和二六年一月八日原審第六回公判期日において右供述調書記載の供述と実質的に異なつた供述をしたので、右供述調書は前記法条によつて証拠能力を獲得したものと認められるが、既にその前に前段説示のごとき経違が存する以上、その後更に供述者が公判期日において同一事件について供述をしても、もはや刑訴三二一条一項二号の適用はないものと解するを相当とする。
本件は正に、右の仙台高裁の事例と同様の例にあたる。右判例に照らせば、仮に、検察官面前調書と控訴審における第八回、第九回公判における供述とが「実質的に異なつた」ものであつたとしても、検面調書作成以前に右の如き公判廷の証言があるので、刑訴法第三二一条一項二号の要件中、公判準備又は公判期日における供述に対し「前の供述」であるとの要件を欠き、同条項により証拠能力を認めることができない。
よつて、壺山の検面調書の証拠調を行なつた原別決は、判例に違反しており破棄を免れない。<以下、省略>